講 演

富士山から日本が変わる
現場体験からのSDGs

アルピニスト  野口 健

 〝SDGs〟は最近出てきた言葉ですが、調べると目標17項目のうち、私は16に関係していました。私はいつも山に登っているのではなく、いろんなことをしていますので、自分が何屋かわからなくなりました。(笑)
 身近な問題について活動しているうちに、いつの間にかSDGsをやっていたのです。日本を美しくする会も同じではありませんか。

環境問題に目を向ける

 エベレストに挑戦していた1997年、国際隊のテントの中で「日本人はエベレストをマウント富士のように汚すのか」といわれました。確かにベースキャンプの周りにはゴミは多く、日本語の入った缶詰もありました。これが私にはカチンときて、「過去のゴミは仕方がない、しかし拾えば文句はいうなよ」みたいな気持ちで、ヒマラヤ清掃活動を始めたのです。
 当時は環境問題がいわれる時代ではなく、私にもその問題意識はまったくありませんでした。

父の教え「物事のB面を見よ」

 私の父は外交官で、中東などで日本国大使をしていた時期に、マイカーでお忍びで外出していました。小学5年の私をスラム街に連れて行き、「見たことをよく覚えておけ」というんです。
 その後、高校生のときにいたイエメンでも同じでした。父は「物事にはA面(レコード盤)とB面がある。貧困問題などのB面は、現場に入って努力しないと見えない。世の中の多くのことはB面で決まる」といっていました。
 父はB面の現場に実際に足を運びながら、政府開発援助(ODA)のお金を、どこにどう支援するか考えていました。
 これは、父の教育法だったと思います。今は何でもネットで「知る」ことができますが、この知識は平面的です。しかし現場には生々しいリアリティがあります、臭いもあります。「本当に知る」ことができます。現場を見ない人は、「自分の正義」を「社会の正義」と思いこんで押し付けることがあります。私の場合、〝山〟の現場の経験からいろんな考えやアイデアが浮かんでくるんです。
 子どものときの経験は、残るんですね。私が後に、環境や清掃活動、災害支援で、現場を見るのは、この父の教育が大きいと思います。

富士山清掃に取り組む

 ヒマラヤで海外の人にいわれ、帰国早々動きました。私は富士山のゴミを見たことがなかったんです。冬しか登ったことはなく、テレビは美しい姿しか映しませんからね。
 夏の富士山に初めて行きました。大渋滞です。5合目には観光バスがザーと並んで、山頂も足の踏み場もないほどでした。ポイ捨てゴミも本当に多かったです。
 調べると、設立したばかりのNPO「富士山クラブ」があり、西湖近くの事務所を訪問しました。聞けば「樹海にゴミがある」と。一般の人は、普段足を踏み入れることのない場所です。
 案内されて樹海に入り、林道を少し入ると驚きました。不法投棄です。本格的不法投棄の現場を見たのは、人生初めてでした。
 *夏の富士山は年間30万人が登山し、5合目を訪れる人は300万人…観光客や登山客が残すゴミとし尿類は、自然の持つ分解・浄化機能をはるかに越え、環境破壊の現実が山林をむしばんでいます。(富士山クラブ趣意書)

不法投棄の実態

 ダンプで捨てたのでしょうか、廃タイヤが人の背丈より高く積まれて、1800個ありました。そこをきれいにするのに3年かかりました。その他、車のバッテリーが何百個、便器ばかり何百個、昭和時代のゲーム機何百台などという現場もありました。
 また、大量の注射器や点滴チューブなど医療廃棄物の投棄場所では、すごい臭いがしました。ツーンと頭が痛くなるほどの臭いです。薬品ですからね。一帯の樹木は、枯れたように生気がなく、その空間の〝気〟が、なんだかどよ〜んとしているんです。

野生動物保護のために、小さなガラス片や細かいビニールも徹底的に回収する(富士山クラブホームページ)

ゴミの害

 ゴミは、さまざまな害を引き起こします。特に、不法投棄のゴミに含まれるさまざまな化学物質、有害物質は、雨水により流れ出し、土壌を汚染し、水源の地下水を汚染し、さらに野生動物が死ぬなどの害を与えます。
 半日かけて、医療廃棄物など数か所の投棄場所に行くと、体内に何か重いものが入ったように感じました。肺に、あの「どよ〜ん」が沈殿したかのようでした。ゴミは、人間の心をむしばみ、精神衛生に悪影響を与えます。
 しかし、多くの参加者が楽しく清掃活動してきれいにすると、そこの空気ががらりと変わるんです。よどんだ暗い空気が明るく爽やかになるのです。不思議なことです。
商店街での清掃活動で、街の皆さんで掃除をしているところは雰囲気がいい、表情がいい、オーラがあります。ところが、行った瞬間「どよ〜ん」としていて、変なゴミも多く落ちていて、そんなところでは、立ちションする人がおり、すれ違う人の表情は曇っていて治安も悪いですね。「割れ窓理論」ですね。

なぜ富士山か

 私は、富士山が好きだからとか、富士山だけのためにやっているのではありません。富士山を選んだ理由は、このようなゴミ問題や不法投棄は、全国各地の山や街のいたるところで起きているはずだ、と思ったからなんです。
 日本のシンボル富士山も、美しいA面と闇を抱えるB面の両方がある。私は、富士山のB面の問題に取り組もうと思いました。
 一人ではできません。活動が全国的に注目され、企業も行政も一般の多くの方もみんながやって、「富士山から日本が変わる」ことを期待してやっています。
あと数年で終了宣言か
 22年前に活動を始めたころは、「30年かかるな」と思いました。当初は、いくら呼びかけても100人も集まりません。4年くらいしたら、数百人集まるようになり、そのうち千人以上になると、問題が出てきました。皆さん、ゴミを懸命に追って樹海に入り込むのです。そこで拡声器で呼びかけました。「中に入らないでください。皆さんがゴミになりますよ!」(笑)
 そのうち、5合目以上ではゴミが目立って減ってきて、それは私らが拾う以上にきれいになってきました。なぜだろうと思って見ていると、渋滞で休憩中の人が、ビニール袋を手に辺りの吸殻や空缶を拾っているんです。登山者は年間30万人ですからね。一人一個ずつ拾っても、30万個。
 そういうことで、あるときからゴミが捨てられない雰囲気ができて、ワッと減りました。今5合目で清掃キャンペーンをしたら、参加者から「ゴミがない!」と叱られますよ。(笑)
 コロナの動向もありますが、おかげさまであと5年もやれば「終了宣言」が出せるかもしれません。

野生動物保護のために、小さなガラス片や細かいビニールも徹底的に回収する(富士山クラブホームページ)

【資料】 野口 健
 1973年生まれ。アルピニスト、環境活動家。1999年エベレスト登頂、7大陸最高峰登頂世界最年少記録樹立。エベレスト清掃活動を始める。2001年ころ鍵山相談役と面談、掃除の考え方に共感する。
 山の清掃活動、災害支援、ヒマラヤの遭難シェルパの子ども教育支援、ランドセル寄贈、学校つくりや植林、戦没者遺骨収集などをおこなっている。
富士山クラブ
 1998年設立。理事長(現) 野口健。
 富士山クラブ宣言『美しい富士山を子どもたちに残していくために…』 
 ゴミを「拾う」に加え、「捨てない」「出さない」啓発活動も行う。活動 原則月一回、土曜日午後。 
 累計1099回、参加者77,916人、回収重量883㌧。(2004-2021)
 https://www.fujisan.or.jp/