ひとり掃除の喜び

恩返しの便所掃除

大分掃除に学ぶ会 中西 達

 国東半島のつけ根、別府湾を臨む大分県日出町(ひじまち)は、旧日出藩城下町。グルメ垂涎の城下(しろした)かれいで有名だ。この町の公園の便所掃除を、一手に引き受けている中西達己さん(77)がいる。
 中西さんは1944年(昭和19)国東市の兼業農家に生まれ、18歳で陸上自衛隊入隊、通信隊員として各地の基地で働いた。家族にも恵まれ、アマチュア無線、陶芸などを楽しんでいた。

ガンになって気づく

 50歳のとき、職場の人間関係のストレスによると思われるガンになった。「がんになったのは、まわりのせいだ」と恨む毎日だった。
 退院後、心臓手術を受けた保険外交員の女性から「病気が夫や両親、子どもでなく、自分でよかった」と言われ、衝撃を受けた。女性はその後、相田みつをさんの資料や講演会の案内をくれた。自分のことしか考えていなかった生き方に気づき、次第に「人のために」と思うようになり、環境問題への関心からマイ箸運動や啓蒙新聞配布などに参加した。

掃除に出会う

 55歳で定年除隊。再就職先の通勤時にゴミ拾いを始めた。
 61歳(2005年)のある日、イエローハット別府店で鍵山相談役の本を目にした。一読して雷に打たれたような気がし、「この方の生き方に習おう」と思った。
 早速「大分掃除に学ぶ会」の春日町小学校でのトイレ掃除に参加した。ひどいにおいに閉口したが、2時間磨くほどに便器が白くなることが面白かった。達成感とともに、心が清められたように感じ、「こんな世界があったのか。やってみよう」と入会。その後、九州各地の活動に参加した。
 2007年9月、小国高校に鍵山相談役が講演に来られた。「私らは九州を出ることもないのに、先生はその後も3度手弁当で来てくださいました。どれほど励みになったことか」と話す。

矢野雅則氏(大分掃除に学ぶ会代表世話人)
と中西氏(右)

自分の町の便所をきれいに

 71歳(2015年)、町の公園トイレ清掃員の募集を知った。人口減で財政が厳しく、業者から臨時職員1名に変える計画だった。
 日出町の海水浴場・キャンプ場には多くの公園トイレがあるが、以前からその汚れが気になっていた。「お金は要らない」と申し出たが、そうはできないらしい。
 ガンを得て生かされていることに気づき、ボランティアもしたが、「本当に心が磨けているのか」と疑問に思っている中、掃除に出会った。「生かされた」ことへの恩返しと日出町へ恩返しをしたい気持ちが重なり、考えた末に、「お金を頂く以上のことをしたい。すべての便所をピカピカにして、恩返ししよう」と「汚れを引き受ける」覚悟で決めた。

大分掃除に学ぶ会と連携

 そんな中西さんを見て、「大分掃除に学ぶ会」や、代表矢野雅則さん経営のイエローハット大分が、公園で掃除研修を行った。
 2018年中西さんを含む5名が、大分掃除に学ぶ会「日出心洗組」をつくった。27カ所の便所の便器132個、手洗い場71個の徹底掃除を一巡するのに半年かかる。(写真) 中西さんは使用の多い11カ所は毎日、その他は2日ごとに掃除して「キレイ」を維持している。週約4日の勤務日は、トイレ掃除ざんまいである。
 町役場に「日出町のトイレは何処に行ってもきれいですね」との手紙が届いた。「皆さんに助けられてのことです。まだまだです。夏は海水浴、冬は氷点下の四季、波や木立の音を楽しみながら掃除ができて、こんな有り難いことはありません」と語った。
(取材 編集室)
(879-1507大分県速見郡日出町豊岡6069-52)